神様はいるのか? 人と神様との関係

神様はいるのか ガネーシャ バリの生活

毎日の生活の中で、どれだけ神様と関わっていますか?

神様というと、ちょっと怪しい宗教みたいに思われる方も多いと思います。

私も、バリに移住する前は、神様なんて、あんまり信じていませんでした。

でも、バリ島に移住してから、どうしても神様という存在を否定せずにはいられないくなってきたのです。

今回は、神様と人との関係を、私がバリに移住してから感じたことを通してお話していこうと思います。

 

神様はいるのか?

私にとって神様はイベントに使われていた

神様はいるのか?

そんなこと聞かれても。。。。と思う人も多いと思います。

日本に住んでいた頃は、学校でも家でも、神様の存在ってありませんでした。

強いて言えば、初詣やえびすこうで神社に参拝する程度。

もっぱら、私にとってはイベントみたいな感覚で、神様を崇めていました。。。

 

あとは、困った時の神頼み。。。

どうしても大変な時になったら「神サマ〜!お願い!」とか言ってどこに神様がいるかも知らずに

お願いしていましたっけ。。。

バリの神様

バリにきてから、神様とは非常に厳格に扱われているのだと感じました。

(もちろん日本でも厳格ですけど)

バリの神様は、各おうちの北西にあたる隅に、

きちんと立派な祠を立ててその中に祀られています。

 

バリ人は毎日、雨の日も、風の日も、そこにお供えをしています。

時には、特別な日には、それはそれはたくさんのお供えをします。

毎日、お供えをして回るには、1時間以上かけるお宅もあるそうです。

それほど、神は彼らにとってなくてはならない存在なんですね。

バリの神は一つだけど、たくさんいる

バリ島の神様は、基本的に一つ、だと聞いています。

神様の名前がたくさんあるので、ここでは割愛しますが、

しかし、神様はそこかしこにもいるそうで、火の神、水の神、大地の神というのが有名です。

さらに、木、稲、金物、農作物などにもいるそうです。

だからバリの人は、忙しくいろんなおまつりにてんやわんわです。

 

神の存在は大きい

バリの人たちにとって、神様の存在は非常に大きいです。

数年前、私のバリの知人が若くして、亡くなってしまいました。

まだ、3歳の子供と、17歳の女の子を残して。。。

17歳の女の子は、彼女が亡くなった時、それはそれは泣きじゃくり、

どうにもできないほど悲しみにくれていました。

しかし、その1年後、、、再開した時、お母さんはもうすぐ亡くなって1年ですね。

と話をした時。とても落ち着いて、

「神様が決めたことですから」

と驚くほどに冷静に話をしてくれました。

 

神様には、全ての人は逆らうことなく受け入れる。

そんな感じがしました。

 

 

神様はいる バロン

善と悪のバランス

バリにいると、ブラックマジックを使う人とかいて、

楽園と言われている割には結構住みにくいかも。。。。なんて

思ったりしたことがあります。

神様はどうして、悪い奴らをそのままにしておくのかしら?とも思いました。

 

しかし、バリでは、「悪」と「善」というのはバランスを保っているのが正しい世界という考えがあります。

例えば、良いことだけの世界にいたら、それは「良いこと」ではなくなってしまいます。

悪いことだけの世界でも「悪いこと」ではなくなります。

また、嬉しいことだけがある毎日は、何が嬉しいのかわかりません。

全ては、悪があるからこそ、善もある、という考えなのです。

なるほどな、と思いました。

 

バリでは、1ヶ月に一度、悪霊がさまようと言われる日があります。

その悪霊にもきちんとお供えをします。

そして、チャロナランという劇を行うのですが、

そのチャロナラン元気というのは、善と悪の闘う劇です。

夜更けに始まり、正義の味方バロンが、悪の象徴のランダと戦い

夜明けには決着がつき、ランダは逃げていくという劇です。

この戦いによって、バリの世界の善と悪のバランスが保たれているのだと言われています。

 

私も、この善と悪のバランスを知って、なるほどな〜と思いました。

この世に悲しみがなくならないのは、そういうことなのかと。

だから、神様は私たちに幸せだけではなく、苦しみや悲しみを与えるのは、

この世のバランスの中で私たちが生きているという証なんだと感じました。

 

 

神様に供えるチャナン

お供えを毎日そなえる理由

バリの人は、毎日いろいろな場所にチャナンというお供物を置きます。

家の中の、大切な場所、例えばキッチンのガスコンロ、

部屋中の祠、入り口、庭先、井戸、車、など。

最初は、どうしてこんなに面倒なことを毎日しなくてはならないのか、と感じていました。

しかし

後にそれはとても理にかなっている!と思ったのです。

というのも、家々の大切な場所には、まいにちからなずチェックをした方が良い、ということなのです

毎日、お供えをするために掃き清めて、そこに新しいお供えをして新しい空気を流す。

もしそこで何か問題が生じていたら、毎日のお供えの時に気がつきますし、

大切な場所が、毎日キレイに保たれるということです。

わたしは、バリのお供物の原点は、これだ!と思っています。

(バリ人はそうは思っていないみたいですが。。。。😅)

 

究極に困った時は神様が助けてくれる

自分がとことん努力して、それでもだめだった時に神様は助けてくれる!と思うことがありました。

いくつかの体験談をお話します!

お金がない!

もう、今月宿泊のお客さんが入らず、今月暮らしていくのに困る、

そのくらいまでお金がなくなってしまったことがありました。

昔、宿を経営していたのですが、自分なりに最善を尽くし、

お客さんを呼び込んでみたり、と頑張ってみたのですが、

当時、バリのテロ事件や、ニューヨークのテロ事件などが重なり、大変な不況でした。

 

困った〜!と思っていると翌日、お客さんの方から「空いてる部屋はないか」と飛び込んできてくれました。

しかも長期滞在で。

本当に、神様ありがとう!と思いました。。。

 

住む家がない!

5年契約していた貸し家の大家さんに、3年目に突然「来月出て行ってください」と言われました。

我が家には番犬2匹いて、車が1台。

しかも、息子は自力で中学校へ一人で通いたい、とのことで、学校までの距離は1キロ程度の距離の中に

条件をみたす貸し家を1ヶ月以内に見つけなければならなかったのです。

 

毎日、仕事の合間に物件を探しまくる日々。

もう、立ち退き期限も目前、どうしよう。。。。と家で一人でシクシク泣きました。

もう一度、探してみようと出かけた時、偶然にも知り合いの家が空いているということがわかりました。

少し家賃は高かったけど、条件は全て揃い。。。大家さんもとても良い人柄で、即決です。

今もそのおうちにお世話になっていますが、

本当にあの時、最後まで諦めずに探してみようと出かけてよかったと思いました。

 

新型コロナの直前に息子が大学へ

今年、新型コロナウイルスが世界中に広まりつつある時、

息子が日本の大学に入学しました。

本来なら、入学式もあったと思うのですが、当然中止、

私も日本へいくことができませんでした。。。。

 

それでも、なんとか入学することができたのは運がよかったとしか言いようがありません。

実は入試をうける前に、1年オーストラリアへワーキングホリデーに行こうかと

思っていたのです。

 

だから、留学生試験は、あまり勉強せずに受験しましたが

なんと運よく、合格点に達していたのです。

さらに、現地での大学面接。こちらも、偶然にも私の知り合いが

面接の練習を請け負ってくださり、慣れない日本の面接のコツを

1ヶ月以上もかけて叩き込んでくださいました。

そのおかげで、面接も見事合格!無事、難関を突破することができたのです。

 

もし、オーストラリアに行っていたら。。。。

今年の受験は????

面接も、指導してもらっていなかったら??

いろいろ考えると、本当にあの時に大学進学を決めてよかったのだと思いました

神様が手を差し伸べてくれる条件

いくつかの体験談をお話しましたが、

このように「あ〜!もうダメかも!」というところまで行って、

初めて神様は助け舟を出してくれるのではないか?

という仮説を立てることができました。

ギリギリまで頑張ってみる

これ意外にもいろいろな体験があるのですが、

そういう体験が重なっていくうちに、思い切り頑張れるところまで頑張ってみる

ことが大事なのだとわかったのです。

 

今でも、新型コロナウイルスの影響で、バリ島も閑散とした状況がもうずっと続いていますが

この最悪な状態を生き抜くための何かを自分で一生懸命やり続けていくことが

次の道を切り開くための大切なポイントなのだと私は思うのです。

神様の存在を認める

神様の存在を認めていないと、

心のよりどころもなくなり、自然に導かれることもなくなります。

信じることがなければ、本来なら、自分だけの力ではなく、不思議と偶然の出会いや出来事が重なって

素晴らしい結果へ導かれるという出来事さえもないでしょう。

感謝と祈りの気持ちを伝える

神様といっても、私は別に宗教の神様を崇めろとかいうわけではありません。

私の場合は、自分で想像する神様のイメージがあまり沸かないので、

身近な祖母や祖父のイメージを重ねています。

そして、毎日そのイメージに、感謝とお祈りを捧げています。

 

毎日、祈るということは人間の心にとって必要なことなんですね。

ピンチをチャンスに変えるのは、自分の力もそうだけど、それだけじゃない何か不思議な力が働いている

そしてその不思議な出来事は、自分が精一杯がんばった時に起こるんですね。

 

ぜひ、毎日のお祈り、感謝の気持ちを大切に生活してみてください。

きっと良い方向へと進んでいくことができると思います!

 

神様のいる ブサキ寺院

まとめ

いかがでしたか?

もし、信じてみよう!と思った方は、ぜひ今からでも初めてみて下さいね。

別に、信じる信じないは自分の自由ですし、信じたから損する、というわけでもないので、

私は、信じてみることをおすすめします。

 

毎日、明るく健やかな気持ちで過ごすためにも、

形はあまりわからないけど、それぞれの心の中にいる神様に

ピンチの時には手を差し伸べてもらえるように、毎日を精一杯生きてみましょうよ!

 

タイトルとURLをコピーしました